「天にも地にも掛け替え無い」
この世において替わるべきものがない。
最も大切なものにいう。コトバンク
21:30
突如として、妻が苦しみ出した。
ついに、”陣痛”がきた。
出産予定日の4日前。
陣痛の間隔も次第に短くなっていく。
22:00
病院に電話で状況を伝えると、来るように言われる。
覚悟はしていたが、いざとなると緊張が走る。
急いで身支度を整え、3人で車に乗り、病院へ出発。
22:30
病院到着。
コロナ禍ということもあり、立ち入りNG。
悲しさの余りに、泣きじゃくる息子。
耐えねばと思いつつも、悲しさがこみ上げる。
身体に負担をかけないように、入り口から車椅子で運ばれていく妻。
分娩室へ直行とのこと。
自動ドアが閉まり切る最後の瞬間まで妻を見送る。
入り口で待ってる!
と言い張る息子を説得し、ひとまず家で待機。
22:55
妻から連絡が入る。
あと、1時間足らずで産まれるとのこと。
当然、立会いはできない。
「あと少しでお兄ちゃんになるね。」と息子に伝える。
涙の跡はあるが、少しにこやかな表情を浮かべる。
そして、安心したのか、眠りについた。
23:36
無事、出産。
ただ、この時点では何の連絡もない。
0:09
担当医師から電話が入る。
赤ちゃんが無事に産まれたとの吉報。
だが、声のトーンは低く、重苦しい雰囲気が電話越しに伝わってくる。
妻が、「分娩妊娠高血圧症候群」になったという。
高血圧、蛋白尿、浮腫が重度に見られるとのこと。
今は落ち着いているというものの、血圧153/68で、160を超えると、脳出血の危険性もあり、予断を許さない状況とのこと。
世界が止まって見える。
その間、様々なことが脳裏を過ぎる。
妻が心配で居ても立ってもいられないが、今の自分にできることはない。
祈る気持ちでスマホを握り締める。
容体の変化があれば、すぐに連絡するので、待機していて欲しいと告げられる。
0時21分。
妻と電話。
頑張ってくれたことに、まず”ありがとう”を伝える。
声は少し弱々しいが、声を聞けたことで、ほっと胸を撫で下ろす。
色々と話したいことはあるが、負担をかけないように、「ゆっくり休んでね。」と伝えて電話を切る。
今すぐにでも飛んでいきたいが、このご時世、面会もできないというのは歯がゆい。
妻が心配な気持ちと、赤ちゃんが無事に産まれて嬉しい気持ちが複雑に入り混り、整理がつかない。
胸が押し潰されそう。
まずは、妻が元気になってくれることを第一に祈る。
そして、朝になった。
握りしめたスマホに医師からの連絡はなかった。
ひとまず、容体の悪化はなかったのだろう。
確証はないが、自分に言い聞かせる。
息子をこども園に送り出勤。
最終出勤日、明日から半年間の育児休職に突入。
朦朧とする意識の中、引き継ぎを終えて会社を後にする。
14:30
3歳の息子をお迎えにいく。
ちょうど、おやつの時間。
お菓子には目がない彼は、いつも他人のまで食べる勢い。
特に、今日は大好きなシフォンケーキのようだ。
しかし、息子のお皿には手つかずのケーキが残っている。
少し心配になる。
そして、市の制度上、今日でこども園を退園。
別れを惜しみながら、お友達とバイバイをする。
帰り際、
ママは〜?
と寂しげな声で問いかけてくる。
息子なりにいつもと違うことを悟っている。
少なくてもあと3日は面会すらできない。
「まだ、会えない。」ことを伝えると、息子は涙目になる。
私も悲しい。
だが、「しっかりしなくては!」とぐっと堪える。
妻が居ない寂しさを埋められるものはない。
息子の肩を抱き寄せ、妻と会える日を待つ。